Classici giapponesi con furigana
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せいぜんしんごのこと
生前身後の事
中里 介山
Leggi 生前身後の事 (せいぜんしんごのこと) di 中里 介山 (なかざとかいざん) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 41.804 caratteri · 83 schermate
のは余と同時であった、当時余は二十二歳、松岡君は二十八歳小生はくすぶった小学校教員上り、松岡君は紅顔の美男子であった、そのうち松岡君は市政方面から政治界へ進出する機会を作ったが、小生は不相変都新聞の第一面の編輯でくすぶっていたのだ、そのうち松岡君は政友会へ入り込んだ、これは市政記者として出入している間に森久保系や何かと懇意なものが出来たせいもあるだろう、余輩もまた同君の政界進出を推奨して、とてもやる以上は寧ろ政友会へ入ったらよかろうと薦めたこともある、しかし、都新聞という新聞はその歴史に於て決して政友系ではあり得ない、先代楠本正敏男が改進系であり、その後の社長も蘆高朗氏も三菱と縁戚関係があり、今の主筆田川氏は大隈系の秀才であり、田川主筆の次席大谷誠夫君は一時円城寺天山あたりと改進党党報の記者をしていたこともあり、編輯氏の山本移山君また四国に於て進歩系の有力家の家に生れた人であったと記憶する、そこを松岡君が政友会の人となり、星亨の追弔文などを書き出したものだから、大谷君が激怒したことがあったように記憶する、つまり松岡君は大谷君が紹介して入社させ、自分が影日向になって育てたのに、怨み重なる