Classici giapponesi con furigana
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ひゃくしょうやのすけのはなし
百姓弥之助の話
中里 介山
Leggi 百姓弥之助の話 (ひゃくしょうやのすけのはなし) di 中里 介山 (なかざとかいざん) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 51.621 caratteri · 99 schermate
のである。現に電燈会社の挙動が癪にさわるから弥之助の植民地では電燈の数を殖やさないで新たに建て増した成進寮というのではすべて今でもこの石油ラムプを使って居る。前に云う通り電力業者の誇る所によると、日本は電燈国としても世界一とか二とか云う程に発展して居るのであると云うが、それは日本程水力に恵まれた国は無いという事を抜きにして云う自慢に過ぎない、併しフランスの如きは聞えたる華美の国でありながら一歩地方へ出て見ると農民の生活などは至って古朴なもので、大部分はやはり石油ラムプで済まして居るという、それだから農家でさえ電燈がこれだけ豊富に使える日本の農民は有難く心得ろというのは僭越である。フランスの農民は決して日本の農民ほど行きづまった生活はさせられて居ない筈である。
二十四
そういう訳で弥之助の植民地に近いあたりの農村状態はすべて平板へ平板へと進んで行って、表面は兎に角内容生活は少しも向上したとは思われない、のみならずいよいよ唯物的に流れ流れて、さっぱり趣きというものが無くなってしまって居る。弥之助はこの沿革をもっと科学的にしらべて書いて見たいと思って居るが、さし向き人間の方から見ると、昔と違って度外れの人間というものが、すっかり後を絶ってしまったように見える。