Classici giapponesi con furigana
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こうせんぜんじのことども
禅堂生活
鈴木 大拙
Leggi 禅堂生活 (こうせんぜんじのことども) di 鈴木 大拙 (すずきだいせつ) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 27.634 caratteri · 57 schermate
実行によりて学習すと云う精神と相並びて大切なのは陰徳を重んずることである。これはシナから伝来した禅風かどうかは知らぬが、禅堂生活の第一義としてこの「左の手でした事を右の手に知らせない」と云う道徳は、是亦誠に有り難いことである。世間的道徳律をのみ見て居た青年の自分が禅堂に入りてこの陰徳主義を教えられたとき、これは誠に有り難いことであると思うた。何でもないようなことであるが、わしらの頃には、禅堂で朝起きて面なり手なりを洗う水の如何にも少なかったことである。普通手洗水鉢に備えてある手杓の三分一ほどの手製のものがあった、それで汲み得る水で面を洗うのである。又それで口を嗽ぐのである。猫の顔を洗うような塩梅であった。なぜそんなことをするのかと聞けば、陰徳をつむのである。天与のものを無駄使いせぬのであると云われた。そこにどんどん水が出て居てもそれである。その時私は思うた。成程そうである。われらは天与のものを乱用する権利はない。太陽は正直なものの上にも、不正直なものの上にも照ると云うが、われらから見ればその照るのが有り難いのである、勿体ないのである、この勿体ないと云う事が宗教の精神である。