Classici giapponesi con furigana
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こうせんぜんじのことども
禅堂生活
鈴木 大拙
Leggi 禅堂生活 (こうせんぜんじのことども) di 鈴木 大拙 (すずきだいせつ) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 27.634 caratteri · 57 schermate
主のない亡骸では、どうも仕様がない。生きて居るものには何だか一種の暖かき空気のようなものが溢れ出る、その人の前へ来たり、又その人を思うたりすると、その気に包まれるような心持になる。只思うときでは何となく物足らぬ、愈※(二の字点、1-2-22)その活人に近づくとき始めて一種の満足を感ずる。そうしてその空気ようのものは、その人の居た室内などに、妙香のにおいのように永く遺るものである。只その活きた発散の源が現前して居ないので、無窮の供給が出来ぬ、随いて今老師の居間へ来て見ても、頗る物足りがせぬ。何だか寂しい、悲しい心持がして仕様がない。自分がもっと精神的になったら、物質の拘束をはなれて、こんな感じもなくなるのかも知れず。
先頃居を移す必要があって、古いものや何かを引っくり返して見なければならなんだ。その中から偶然に老師からの手紙や端書なども出た。学校の事が忙わしかったので、諸事万端の整理がつかず、その日その日暮しになって居たので、老師の書信もその儘となって居た。最近のものではデュウイ教授訪問のとき、ファーネス婦人参堂などのときに送られた書信がある。想えば去年の六月、海禅寺で、あの天文学者の婦人がマコレー師と共に老師を尋ねたとき、あれが老師病臥前にゆっくり御話を承った最後なのである。