Classici giapponesi con furigana
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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
Leggi 私本太平記(一) (しほんたいへいき) di 吉川 英治 (よしかわえいじ) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 246.214 caratteri · 495 schermate
「……そなた、下野国の御厨にいたことはないか」
「いいえ」
「御厨ノ牧にいたことも」
「ありません」
「では、生国は」
「越前とだけ聞かされておりますが」
「越前」
と、息をひいて。
「じゃあ違っていたか。余りにも、そなたが牧長の娘とよう似ていたゆえに。……いや、それが悪いっ。藤夜叉、それも、おまえのせいだ」
いきなり彼は藤夜叉を仆して下におし伏せた。悲鳴にちかい驚きと本能的な手むかいが高氏をなお火にさせたことは争えない。しかし彼女の爪が、彼の頬を血に染まさせたとは見えなかった。ただ朧な中の本能の狂いを、一瞬、梅が散り騒いだだけであった。
虚脱したものみたいである。
――たとえば、下も見ずに絶壁をよじ上って、いただきの岩角にとりすがると同時に、満身の精気も一瞬にどこかへすうと脱け去ってしまったような。
いや、それも当らない。高氏のいまは、われから火山の火口にとび入ってのた打ち廻る気力もない地底の亡者の影に似ていた。もちろん酔いもどこかへ費消され尽している。そして理性の帰った心の谷に、罪の意識めいた悔いだけが、硫黄の煙るみたいにもうもうと煤ッてくる。
しまった、と思わずにいられなかった。