Lettura giapponese

Classici giapponesi con furigana

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こうようさんじんといちようじょし

紅葉山人と一葉女史

宮本 百合子

Leggi 紅葉山人と一葉女史 (こうようさんじんといちようじょし) di 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.

N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 2362 caratteri · 5 schermate

Aozora Bunko

のお小夜の様な凄い腕の女にされたかもしれない。

露伴先生の様な思想をもって居られたら、あの才筆とともなってどんなに立派なものが遺されたかしれないと思う。

一葉女史にしてもそう云う感じはあざむかれない。

あの「にごりえ」や「たけくらべ」の人物を写す立派な筆、情のこまやかな、江戸前の歌舞伎若衆の美くしかった頃の作者に見る様なこまかい技巧をもって、もう少し考えさせる材料に手をつけられたらばと思う。

私は必して、紅葉山人や一葉女史が、取るに足らない作家だったとか何とかけなすのでは必してない。紅葉山人が、用語の上に非常な苦心をもって、新らしい試をされたのだけでも氏の遺業は大なるものであると尊ぶのである。

一葉女史にしても、そのまれに見る才筆にはいかなる賛辞も惜しまないのである。

けれ共、今云った様な事を感じたのは、かくす事は出来ない、――又、かくしたいとも思わない事実である。

この両作家の居られた時代を考えれば、それが必して智識の浅薄であったとか、研究の足りない頭であったとかは云われないのである。両氏が居られたのは明治三十年前後で、一葉女史の世を去られたのは明治二十九年、紅葉山人は明治三十六七年に、没せられたと覚えて居る。