Classici giapponesi con furigana
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せいしゅんろん
青春論
Leggi 青春論 (せいしゅんろん) di Sakaguchi Ango (坂口 安吾) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 34.657 caratteri · 69 schermate
と言ったり、村正の剣は人を切る邪剣で正宗の剣は身を守る正剣だ、などと言うことになると、両者の食い違うところが非常にハッキリしてくるのである。
剣術には「身を守る」という術や方法はないそうだ。敵の切りかかる剣を受止めて勝つという方法はないというのだ。大人と子供ぐらい腕が違えばとにかく、武芸者同志の立合いなら一寸でも先に余計切った方が勝つ。肉を切らして骨を切るというのが、正しく剣術の極意であって、敢て流派には限らぬ普遍的な真理だという話である。
いったい武士というものは常に腰に大小を差しており、寸毫の侮辱にも刀を抜いて争わねばならぬ。又、どういう偶然で人の恨みを買うかも知れず、何時、如何なるとき白刃の下をくぐらねばならぬか、測りがたきものである。そうして、いったん白刃を抜合う以上、相手を倒さねば、必ずこちらが殺されてしまう。死んでしまっては身も蓋もないから、是が非でも勝たねばならぬ道理だ。一か八かということが常に武士の覚悟の根柢になければならぬ筈で、それに対する万全の具えが剣術だと僕は思う。
だが、剣術本来の面目たる「是が非でも相手を倒す」という精神は甚だ殺伐で、之を直ちに処世の信条におかれては安寧をみだす憂いがあるし、平和の時の心構えとしてはふさわしくないところもある。