Classici giapponesi con furigana
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たかはまきょしちょ『けいとう』じょ
高浜虚子著『鶏頭』序
Leggi 高浜虚子著『鶏頭』序 (たかはまきょしちょ『けいとう』じょ) di Natsume Sōseki (夏目 漱石) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 6746 caratteri · 14 schermate
所で此種の作物に対する賞讃の辞を聞くと第一義とか、意味が深いとか、痛切とか、深刻とか云って居る。余は此賞讃の辞に対して是非を争う料簡はない。ないがこれが小説の極致であるかと問われると、そうさなと首を傾けざるを得ない。成程是等の作物は第一義の道念に触れて居るかも知れぬ。然し其第一義というのは生死界中に在っての第一義である。どうしても生死を脱離し得ぬ煩脳底の第一義である。人生観が是より以上に上れぬとすると是が絶対的に第一義かも知れぬが、もし生死の関門を打破して二者を眼中に措かぬ人生観が成立し得るとすると今の所謂第一義は却って第二義に堕在するかも知れぬ。俳味禅味の論がここで生ずる。
余は禅というものを知らない。昔し鎌倉の宗演和尚に参して父母未生以前本来の面目はなんだと聞かれてがんと参ったぎりまだ本来の面目に御目に懸った事のない門外漢である。だからここに禅味抔という問題を出すのは自分が禅を心得て居るから云うのではない。智識のかいたものに悟とはこんなものであるとあるから果してそんなものなら、こう云う人生観が出来るだろう。こう云う人生観が出来るならば小説もこんな態度にかけるだろうと論ずるまでである。