후리가나로 읽는 일본 고전
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かやのおいたち
かやの生立
岡本 かの子
岡本 かの子의 かやの生立(かやのおいたち)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 12,632자 · 25화면
穀倉の前の日向に莚を敷いて、里芋の皮をむいて居る下女の方へかやを連れながら婆やは行った。
「おすめさん、これ(と云って小指を出して)が居ねえでまたしばらく、これ(と云って親指を出して)がよけいと怒鳴るべいな」
と婆やが前こごみに小声で云う。
「ふんとにさ」
と、おすめは小さな斜視の眼を、ちょいと見当違いの方へ光らして薄笑いをした。
婆やや、おすめが寄るといつもお爺さんやお媼さんの噂である。その外、下男や、日雇いのお民などの饒舌から、かやは何時とはなしにこの山城屋の奥向きの事情を幼い心にも大方は判断し得る様になって来た。山城屋とは、かやの家の家号である。維新前には多くの土蔵を建て列ね、数頭の馬車を貯えて、江戸の諸大名の御用商人を勤めて居た。其後諸大名が解役されると同時に、山城屋も商途を止め、土蔵や邸の外廓をせばめ鉅万の富を緊密に包掌して、質実な家格の威容を近郷に示して居る内、一夏の悪疫に家内は大方死に尽して、かやの父である幸吉ばかりが、三歳ばかりの幼児のままで取のこされた。幸吉は家産と共に近い土地の重縁の親戚に守られて十三歳まで育った後修業の為に或る家塾に遣られ、十九の年に帰宅してお邦と云うかやの母を、三里程離れた豪農の家から娶ったのであった。