후리가나로 읽는 일본 고전
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さぶ
さぶ
山本 周五郎
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N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 210,521자 · 415화면
「野郎だ」と万吉が栄二の耳へ口をよせて囁いた、「こぶだぜ」
するとこちらのけはいを聞きつけたのか、黒い人影が動いて、おとよか、と呼びかけてきた。栄二は黙ってそっちへあゆみ寄った。引き止めようとしたがまにあわず、万吉はそのままようすを見ていた。
「おとよか」とまた向うの男が云った。
「そうじゃあねえ」と栄二は答えた、「もっこ部屋の者だ」
相手は腰をおろしたまま、首だけ振り向けて栄二を見あげた。栄二は腕組みをし、相手の右側に立って海を見やった。
「上げ潮だな」と栄二は呟いた。
「もっこ部屋だって」と男がきいた、「名はなんていうんだ」
「気にするな」
「名めえをきいてるんだ」
「気にするなよ」と栄二は云った、「おらあ海を見に来ただけなんだ」
男は口をつぐみ、黙って栄二を見あげていた。まをおいて石垣を打つ波の音が、上げ潮どきのたっぷりした水量を感じさせ、海の遠いかなたから、櫓の音が聞えて来た。
「おれはここで人と逢うことになってるんだ」と男が暫くして云った、「おめえがそこにいると邪魔になるんだがな」
栄二は口の中で、静かな晩だな、と独り言のように呟いた。男は身動きをした、彼がこぶなら殴りかかるだろうと思ったが、ちょっと身動きをしただけで、男は立とうともしなかった。