후리가나로 읽는 일본 고전
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カストリこうじつろく
カストリ侯実録
久生 十蘭
久生 十蘭의 カストリ侯実録(カストリこうじつろく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 15,619자 · 31화면
一八二五年、贋造紙幣行使の嫌疑で二年の刑を申渡されて獄へ入り、二十八年出獄。その土地にも居憎くなってフランクフルトの近くのクロッセンという町へ移った。以上がカストリ侯爵の昔語りだった。(ノオンドルフ・ド・カストリ自著「薄倖なる太子の生涯に対する摘要」ロンドン・一八三六年)
二人のルイ十七世の登場は、背景が巴里であるだけに大きな舞台になり、どちらも役者がいいので感興もまたひとしお。新聞社は競争で花を贈るので、巴里の話題はこの一事に焦げつき、どちらが本物かという評論でごったかえした。
ド・リシュモンのほうは相変らずたいへんな威勢だったが、ド・カストリのほうは従者も馬車もなく、フォーブゥル・聖タントアンヌ街の安ホテルに居をかまえ、身につけているものも雲泥の相違、畝織の手堅い長上着にはそれとなき布地のほつれが見え、襟飾もいくどか洗いざらして黄味がつき、貧苦の霜に傷んだしおたれた風姿だったが、いささかも恥ずるところも挑むようなところもなく、淡白で、高雅で、そのくせ驚くほど謙譲で、人の好意には心から感謝するといった王族の寛大な風を身につけていた。容貌も骨柄もそのままルイ・カペエの直写しで、ド・リシュモンにはあきたらなかった十六世時代の古い廷臣も、これこそルイ・シャルルなりとみな争って承認簿に署名した。