후리가나로 읽는 일본 고전
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しゅじゅのことば
侏儒の言葉
芥川 竜之介의 侏儒の言葉(しゅじゅのことば)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 36,003자 · 73화면
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「虹霓関」を見て
男の女を猟するのではない。女の男を猟するのである。――ショウは「人と超人と」の中にこの事実を戯曲化した。しかしこれを戯曲化したものは必しもショウにはじまるのではない。わたくしは梅蘭芳の「虹霓関」を見、支那にも既にこの事実に注目した戯曲家のあるのを知った。のみならず「戯考」は「虹霓関」の外にも、女の男を捉えるのに孫呉の兵機と剣戟とを用いた幾多の物語を伝えている。
「董家山」の女主人公金蓮、「轅門斬子」の女主人公桂英、「双鎖山」の女主人公金定等は悉こう言う女傑である。更に「馬上縁」の女主人公梨花を見れば彼女の愛する少年将軍を馬上に俘にするばかりではない。彼の妻にすまぬと言うのを無理に結婚してしまうのである。胡適氏はわたしにこう言った。――「わたしは『四進士』を除きさえすれば、全京劇の価値を否定したい。」しかし是等の京劇は少くとも甚だ哲学的である。哲学者胡適氏はこの価値の前に多少氏の雷霆の怒を和げる訣には行かないであろうか?
経験
経験ばかりにたよるのは消化力を考えずに食物ばかりにたよるものである。同時に又経験を徒らにしない能力ばかりにたよるのもやはり食物を考えずに消化力ばかりにたよるものである。