후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
じゅうごねん
十五年
山本 実彦
山本 実彦의 十五年(じゅうごねん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 8,158자 · 17화면
『改造』を創めてからこの四月で満十五年だ。あれもこれも考えればまるで夢のようだ。廻り燈籠のように舞台がくるくる廻っていることが感ぜられるのみだ。だが、静かに眼を閉じて十五年の足あとをふり返えれば、その間におのずから元気の消長が事績を公平に物語っている。命をかけてした仕事はいつまでたってもカチンと響く生命がこもっているが、食うためにやったような仕事は見るさえ、思い出すさえ恥ずかしくて見るにたえぬ。感激でかいたものは、たといそれが推敲されていないにしても、いつまでもなつかしく読めるように、しようことなしにかいたものには生き恥をのこすほかの何ものでもあり得ない。私は今、その間の感激や、倦怠の跡をざっとかいつまんでみよう。
雑誌『改造』が品川浅間台の一角で呱々の声を挙げたのは、ちょうど、欧州大戦が片づいた大正八年の桜花ほほ笑む四月で、我が国は社会運動や労働運動に漸く目が開けそめたときであった。
何でも、八時間労働制や、労働組合公認問題が興味がひかれるときで、政治的デモクラシーの声が民衆的に飽きあきされて来つつあったときだ。福田、河上氏らが論壇に大きく崛起して、社会主義的論調が活発溌地にインテリ層に潮の如く浸り込んで行くときで、当時『中央公論』