일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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なんきょくき

南極記

久生 十蘭

久生 十蘭의 南極記(なんきょくき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 17,753자 · 35화면

아오조라 문고

一九〇九 シャクルトン(英) ニムロッド号(第一次)             同八十八度二十三分

これがこれまでのギリギリの実績で、例外というようなものは一つもなかった。隊長から探検船の下級水夫まで含めれば、万という数に達する壮烈な大機動戦で、三人の世界選手――諾威のアムンゼン、英国のスコットとシャクルトンだけが八十度以南を征服した。アムンゼンは十四年前、ゲラヤへのベルジーカ号に乗り、南極海で十四カ月も漂流し、北氷洋で北西通路突破の苦難に充ちた体験を経たのち、一九一一年になって南極征服に成功した。スコットは一九〇一年から四年まで、南極海の圧氷の間に船をとめて執拗な攻撃を繰返し、四年がかりで八十度以南へ二度十六分だけ進み、それから八年後に「世界最悪の旅」といわれる、歌にもうたえないような橇行をつづけたすえ、辛くも極点に辿りついた。シャクルトンはスコットの第一回南極探検に同伴し、壊血病であわや死籍に入りかけるほどの苦楚をなめたうえ、六年後、再度、南極大陸に迫って、八十八度二十三分まで行った。ところで、この三人の世界選手は、もう一人も生きていない。スコットは南極点からの帰り途、(日記の日付から推すと、たぶん三月二十九日)氷原の上で凍死した。