후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
こくをみる
古句を観る
柴田 宵曲
柴田 宵曲의 古句を観る(こくをみる)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,028자 · 333화면
あの馬に乗ってこの野を乗廻して見たい、己を乗せてくれぬか、といったのである。「我のせよ」は単なる願望の意で、もし強いて対象を求めれば、その裸馬に対して述べたことになる。
御形はハハコグサである。この作者の感興の背景をなすものとしては、ハハコグサは少し寂しい。五形と書くゲンゲの方なら、一望の野を美しくするかと思うが、作者が御形と書いている以上、やはりハハコグサの眺と解して已むべきであろう。
陽炎や身を干海士の日向ぼこ 朱拙
岩の上か、砂浜か、場所はわからぬ。今しがた海から上ったばかりの海士が、身体を乾かしながら日向ぼっこをしている。そのほとりから陽炎がゆらゆら立のぼる、という海岸の一小景である。
「身を干」という言葉がこの句の眼目であろう。この一語によって、単に日向にいるというだけでなしに、海から上ったばかりの海士ということもわかれば、風もない海辺の日和の暖さも自ら連想に浮んで来る。
現在の歳時記では「日向ぼこ」は冬と定められているが、必ずしもそう限定するには及ぶまい。身体を乾かしながらの「日向ぼこ」には、冬よりも春の方が適切であろう。ゆらゆらと立つ陽炎は、この光景を一層効果あらしめているような気がする。