후리가나로 읽는 일본 고전
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こくをみる
古句を観る
柴田 宵曲
柴田 宵曲의 古句を観る(こくをみる)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,028자 · 333화면
という言葉は、今では人間のことになってしまったが、元来は材木に使われた言葉だという説を、どこかで聞いたおぼえがある。山から出したままの材木でも、町へ持って来るには大分手数をかけなければならぬが、門松ならば人工を要せぬ。全く山出しのままで直ぐ使用出来る。
山から持って来た松の木が、門に立てると町馴れた様子に見える、というだけのことらしい。山出しの人間が都会馴れて来た、という事実が引かけてあったりすると、擬人的色彩が強くなるが、それは「山出し」を人間とのみ心得た現在のわれわれの考かも知れない。
句としてはつまらないけれども、「山出し」という言葉を考える上には、一顧の価値なしとせぬであろう。
遣羽子や子供に似せて親の前 定依
「老父を慰て」という前書がついている。そういう意識の下に羽子をついて見せた、ということになるらしい。
ツネという婦人の句に「羽子をつく童部心に替りたし」というのがある。昔の世の中ではなお更のことであろう。羽子板を手にしたところで、嬉々として遊ぶ子供に返ることは出来ない、ああいう心持に今一度なって見たいというのは人情であるが、定依の句は老父を慰めるために、わざと子供のように羽子をついて見せるのである。