후리가나로 읽는 일본 고전
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こくをみる
古句を観る
柴田 宵曲
柴田 宵曲의 古句を観る(こくをみる)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,028자 · 333화면
団扇をひるがえす度に、一面に受けた月の光もひるがえるように感ずる。「月ひるがへす」という言葉は際どくもあり、多少誇張を免れぬが、或感じは慥に捉えているようである。
昔の通人は屋根船を綾瀬川まで漕ぎ上せて、月下の水に向って開いた銀扇を投げる。地紙の銀泥が月光を受けて、きらきら光りながら水に落ちるのを興じたものだという。ただ月に対するのみで満足せず、月光のうつるのを賞翫するすさびらしい。月光を受けた塗団扇は銀扇ほど美しくはないが、月を受けて光る点だけは普通の団扇と違う。作者はそこに興味を持ったのであろう。
尤も団扇は古来月のまどかなるに譬えられている。団扇をひるがえすのを月に見立てたのだ、という解釈も成立たぬことはない。しかしそれでは肝腎の塗団扇ということが格別利かぬように思う。やはり前解に従って置きたい。
李盛る見世のほこりの暑かな 万乎
果物というものは何れかといえば涼しい感じを伴うようである。しかし果物にもより、また場所の関係もあるから、いつでも必ず涼しさを連想させるとは限らない。店先に李が堆く盛上げてあって、それに埃がかかっているなどというのは、どうしても涼を呼ぶ趣ではない。