후리가나로 읽는 일본 고전
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こくをみる
古句を観る
柴田 宵曲
柴田 宵曲의 古句を観る(こくをみる)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,028자 · 333화면
、第3水準1-86-53)村
今だと直に蚊取線香を連想する。しかし元禄の昔に、今のような蚊取線香があったとも思われぬ。そうかといって線香は仏前に供えたもの、蚊は蚊で別に飛んでいるもの、という風に切離してしまうのは少々惜しいようである。
蚊遣というものの起原は知らぬが、蚊蚋の類が煙を厭うところから用いはじめたとすれば、蚊遣専用のものが発明される以前にも、あらゆる煙が試みられたに相違ない。われわれがおぼえてからでも、楠や榧の木片が蚊遣用として荒物屋に並んでいた外に、普通の木屑なども盛に用いられた。蚊火の煙などといって歌の材料になるのは、進化した専門的蚊遣でなしに、むしろ原始的な濛々たる煙の方ではないかと思う。
この句の線香は坐禅観法の人の座辺に立てたものかも知れぬが、縷々たる香煙はなお多少蚊を卻ける力を持っている。庵主は香煙の揺ぎにも心を乱さじとして端坐しつつある、昼の蚊のほのかな唸りが時に耳辺を掠めて去る、というような寂然たる光景も、連想を逞しゅうすれば浮んで来る。畢竟「さびし」の語が蛇足にならず、或効果を齎しているのは、この句が蚊取線香でなしに普通の線香だからである。