후리가나로 읽는 일본 고전
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『わがはいはねこである』じょうへん
吾輩は猫である
夏目 漱石의 吾輩は猫である(『わがはいはねこである』じょうへん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 322,123자 · 643화면
泥棒的である。探偵は人の目を掠めて自分だけうまい事をしようと云う商売だから、勢自覚心が強くならなくては出来ん。泥棒も捕まるか、見つかるかと云う心配が念頭を離れる事がないから、勢自覚心が強くならざるを得ない。今の人はどうしたら己れの利になるか、損になるかと寝ても醒めても考えつづけだから、勢探偵泥棒と同じく自覚心が強くならざるを得ない。二六時中キョトキョト、コソコソして墓に入るまで一刻の安心も得ないのは今の人の心だ。文明の咒詛だ。馬鹿馬鹿しい」
「なるほど面白い解釈だ」と独仙君が云い出した。こんな問題になると独仙君はなかなか引込んでいない男である。「苦沙弥君の説明はよく我意を得ている。昔しの人は己れを忘れろと教えたものだ。今の人は己れを忘れるなと教えるからまるで違う。二六時中己れと云う意識をもって充満している。それだから二六時中太平の時はない。いつでも焦熱地獄だ。天下に何が薬だと云って己れを忘れるより薬な事はない。三更月下入無我とはこの至境を咏じたものさ。今の人は親切をしても自然をかいている。英吉利のナイスなどと自慢する行為も存外自覚心が張り切れそうになっている。