후리가나로 읽는 일본 고전
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るそんのつぼ
呂宋の壺
久生 十蘭
久生 十蘭의 呂宋の壺(るそんのつぼ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 18,375자 · 36화면
堺の木屋弥三郎、西類子九郎兵衛などとおなじように、武士から町人になった、いわゆる引込町人で、七十歳で死ぬその年の秋まで、舵場の櫓に突っ立ち、船頭や荷才領を叱※(「口+它」、第3水準1-14-88)しながら南方の広大な海を庭のうちを歩くような顔で乗りまわしていた。
吉之丞は十五になるやならぬに船にひき乗せられ、二十の年まで岡使や帳付をやり、阿媽ではポルトガル語を、呂宋ではイスパニヤ語を聞きおぼえこみ、片言で言葉が通じるようになったところで副財にひきあげられた。副財というのは、船主の代理として、船の運用、貨物の売買取引、一切を取仕切る役である。
慶長二年に父の吉次が死んで吉之丞の代になると、二度目の朝鮮征伐に義弘について泗川に行き、粮米荷頭と小荷駄才領を兼帯でやり、矢丸の下を駆けまわった。五年秋の関ヶ原には出なかったが、東軍と戦って大敗し、身をもって遁れてきた義弘を堺で待ち受け、際どいところで船に乗せて鹿児島へ落した。
これも島津の御用をつとめる堺の薩摩屋祐仁は、いよいよ島津も滅亡かと、なにも手につかずにおろおろしていたが、吉之丞は、
「大阪城の屋根は、そぜとるけん、雨の洩ったい」