후리가나로 읽는 일본 고전
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ぜんのけんきゅう
善の研究
西田 幾多郎
西田 幾多郎의 善の研究(ぜんのけんきゅう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 123,777자 · 243화면
アリスチッポスは肉体的快楽の外に精神的快楽のあることは許したが、快楽はいかなる快楽でも凡て同一の快楽である、ただ大なる快楽が善であると考えた。而して氏は凡て積極的快楽を尚び、また一生の快楽よりもむしろ瞬間の快楽を重んじたので、最も純粋なる快楽説の代表者といわねばならぬ。エピクロースはやはり凡ての快楽を以て同一となし、快楽が唯一の善で、如何なる快楽も苦痛の結果を生ぜざる以上は、排斥すべきものにあらずと考えたが、氏は瞬間の快楽よりも一生の快楽を重しとし、積極的快楽よりもむしろ消極的快楽、即ち苦悩なき状態を尚んだ。氏の最大の善というのは心の平和 tranquility of mind ということである。しかし氏の根本主義はどこまでも利己的快楽説であって、希臘人のいわゆる四つの主徳、睿知、節制、勇気、正義という如き者も自己の快楽の手段として必要であるのである。正義ということも、正義其者が価値あるのではなく、各人相犯さずして幸福を享ける手段として必要なのである。この主義は氏の社会的生活に関する意見において最も明である。社会は自己の利益を得る為に必要なのである。