일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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ぜんのけんきゅう

善の研究

西田 幾多郎

西田 幾多郎의 善の研究(ぜんのけんきゅう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 123,777자 · 243화면

아오조라 문고

知は愛、愛は知である。たとえば我々が自己の好む所に熱中する時は殆ど無意識である。自己を忘れ、ただ自己以上の不可思議力が独り堂々として働いている。この時が主もなく客もなく、真の主客合一である。この時が知即愛、愛即知である。数理の妙に心を奪われ寝食を忘れてこれに耽ける時、我は数理を知ると共にこれを愛しつつあるのである。また我々が他人の喜憂に対して、全く自他の区別がなく、他人の感ずる所を直に自己に感じ、共に笑い共に泣く、この時我は他人を愛しまたこれを知りつつあるのである。愛は他人の感情を直覚するのである。池に陥らんとする幼児を救うに当りては、可愛いという考すら起る余裕もない。

普通には愛は感情であって純粋なる知識と区別されねばならぬという。しかし事実上の精神現象には純知識という者もなければ純感情という者もない。斯の如き区別は心理学者が学問上便宜の為に作った抽象的概念にすぎない。学理の研究が一種の感情に由って維持せられねばならぬように、他を愛するには一種の直覚が基とならねばならぬ。余の考を以て見ると、普通の知とは非人格的対象の知識である。たとい対象が人格的であっても、これを非人格的として見た時の知識である。