후리가나로 읽는 일본 고전
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ぜんのけんきゅう
善の研究
西田 幾多郎
西田 幾多郎의 善の研究(ぜんのけんきゅう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 123,777자 · 243화면
たとえば行為においてもまた知識においても、我々の経験が複雑となり種々の聯想が現われ、その自然の行路を妨げた時我々は反省的となる。この矛盾衝突の裏面には暗に統一の可能を意味しているのであって、決意或は解決の時已に大なる統一の端緒が成立するのである。しかし我々は決して単に決意または解決という如き内面的統一の状態にのみ止まるのではない、決意はこれに実行の伴うは言をまたず、思想でも必ず何らかの実践的意味をもっている、思想は必ず実行に現われねばならぬ、即ち純粋経験の統一に達せねばならぬ。されば純粋経験の事実は我々の思想のアルファでありまたオメガである。要するに思惟は大なる意識体系の発展実現する過程にすぎない、若し大なる意識統一に住してこれを見れば、思惟というのも大なる一直覚の上における波瀾にすぎぬのである。たとえば我々が或目的について苦慮する時、目的なる統一的意識はいつでもその背後に直覚的事実として働いているのである。それで思惟といっても別に純粋経験とは異なった内容も形式も有っておらぬ、ただその深く大ではあるが未完の状態である。他面より見れば真の純粋経験とは単に所動的ではなく、かえって構成的で一般的方面を有っている、即ち思惟を含んでいるといってよい。