일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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かいそうろく

回想録

高村 光太郎

高村 光太郎의 回想録(かいそうろく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 35,774자 · 71화면

아오조라 문고

金があるから作品を世の中に出さないで威張っているのだ。」などということをよく言われたけれども、事実は私は金を貰う為にそんな詰らない仕事を父の下でやっていたのだ。だから私の生活については、世間の考と事実とは非常に違うのである。

四年ばかりして外国から帰って来た。その当時矢張有島生馬、南薫造の両君が帰って来て、二人の展覧会が上野で開かれたがそれが新しい傾向として美術界を刺戟した。丁度「白樺」の運動なども同時に起り私も向うの美術界の動向などを書いたりして、美術界の謂わば新機運のようなものが次第に醸成されつつあった。白馬、太平洋などの会が相当盛んで、内田魯庵さんが評論を書いていた時代である。当時、真田久吉君という学校にいた時非常によく出来る人だったが、この人がわが国の印象派の傾向のような人を率いて運動をやろうとしていたところに、偶々斎藤与里さんが帰って来て一緒になって新しい美術の運動を起そうとした。其処に予てそういう考を抱いていた岸田劉生や木村荘八の諸君が合体して、フューザン会が成立した訳だ。フューザン会という名は斎藤与里さんがつけたのである。私は帰国して暫くした時で、父が六十一の還暦の祝でその肖像を私が作ったが、それが新傾向だというので評判になり、フューザン会の彫刻の方を私に入ってくれという話で勧められて加わっ