후리가나로 읽는 일본 고전
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そうせきしとわたし
回想 子規・漱石
高浜 虚子
高浜 虚子의 回想 子規・漱石(そうせきしとわたし)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 115,187자 · 231화면
漱石氏の家で毎週催おされる木曜会には私は主な出席者の一人であった。漱石氏は常に私を激励する事を怠らなかった。
私が明治四十三年にチブスに罹って健康を損じて以来私は生活を一変せねばならぬ事になった。私は国民新聞社を辞して衰滅に傾きつつあった『ホトトギス』を私一人の力で盛り返す事に尽力すべく決心したが、健康が何時も不十分であった上に住居を鎌倉に移したために従来頻繁に往来していた旧友諸君と自然疎々しくなる傾きになってしまった。いわゆる「出来るだけ借銭をするのと同じように出来るだけ義理を欠く」方針の下に、東京に出て来て『ホトトギス』のために仕事をしてしまえば直ちに鎌倉に引き挙げ、何人を訪問する事もしなかった。自然漱石氏の家を訪わぬ事も久しい間の事であった。漱石氏が修善寺で発病した時、同地にこれを見舞いその後胃腸病院に入院している時に一度これを見舞い、尚おその南町の邸宅を一両度訪問した以外殆ど無沙汰をし続けにしてしまった。漱石氏もまた鎌倉の中村是公氏の別荘に遊びに行く序でに一度私の家の玄関まで立寄ってくれた事があった位の事であった。漱石氏の最後の手紙に、
「身体やら心やらその他色々の事情のためつい故人に疎遠に相成るようの傾」