후리가나로 읽는 일본 고전
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やまごしのあみだぞうのがいん
山越しの阿弥陀像の画因
折口 信夫
折口 信夫의 山越しの阿弥陀像の画因(やまごしのあみだぞうのがいん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 15,125자 · 30화면
現にこの風習と、一緒にしてしまって居る地方の多い「山ごもり」「野遊び」の為来りは、大抵娘盛り・女盛りの人々が、中心になっているのである。順礼等と言って、幾村里かけて巡拝して歩くことを春の行事とした、北九州の為来りも、やはり嫁入り前の娘のすることであった。鳥居を幾つ綴って来るとか言って、菜の花桃の花のちらちらする野山を廻った、風情ある女の年中行事も、今は消え方になっている。
そんなに遠くは行かぬ様に見えた「山ごもり」「野あそび」にも、一部はやはり、一个処に集り、物忌みするばかりでなく、我が里遥かに離れて、短い日数の旅をすると謂う意味も含まって居たのである。こう言う「女の旅」の日の、以前はあったのが、今はもう、極めて微かな遺風になってしまったのである。
併し日本の近代の物語の上では、此仄かな記憶がとりあげられて、出来れば明らかにしようと言う心が、よほど大きくひろがって出て来て居る。旅路の女の数々の辛苦の物語が、これである。尋ね求める人に廻りあっても、其とは知らぬあわれな筋立てを含むことが、此「女の旅」の物語の条件に備ってしもうたようである。
女が、盲目でなければ、尋ねる人の方がそうであったり、両眼すずやかであっても行きちがい、尋ねあてて居ながら心づかずにいたりする。