후리가나로 읽는 일본 고전
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わがじんせいかん
我が人生観
坂口 安吾의 我が人生観(わがじんせいかん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 7,108자 · 15화면
戦後派の連中は、若くして戦争や冷めたい現実にもみぬかれ、年に似ぬ大きな良識をそなえているかも知れぬと、私はひそかに買い被っていた。彼らの偏倚は外面だけの歪みで、内には大きな良識があるのだろうと期待をいだいていたのであった。
まるで、もう、コチコチの文化人、ウヌボレ屋のヒマ人の、生活をもたない文化無頼漢である。
いくら、なんでも、とにかく、大らかな心を忘れたもうな。自分の生活の中から、ハッキリした自分の言葉を選び、自分の言葉で物を言うことを覚えたまえ。
私のところへ、ダンスしましょう、といって誘いにきた女子大学生は、まだしも、君らよりは大らかであろう。自分の生活も、もっているのだ。君らは自分の生活も持っていない。常に一席ぶちたがるけれども、ウヌボレ屋の大ヒマ人にすぎないのである。
芸術だけは、自由人のものでありたいと思う。芸術の世界でだけは、流派や徒党を失いたいものである。
もっと世間を怖れたまえ。庶民や市井人というものの、つつましい、無力ではあるが、地道に自分の生活をいとなむ人の、目や魂を怖れるがよい。
天下の政治を質問する大学の先生よりも、イヤア、どうも、ヘッヘッヘ、という市井人の方がはげしい批評をなしていることを知りたまえ。