후리가나로 읽는 일본 고전
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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
室生 犀星의 我が愛する詩人の伝記(わがあいするしじんのでんき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 116,728자 · 231화면
だから彼女はおつかれのところを恐れいりますがと出たのである。
藤村は機嫌好く一字ずつ、念を入れて書いていた。対手が自分とよほど隔れたところにいる人だと、色紙の一枚も書こうという人間はわざと入念に書くものであった。つまり藤村ほどの大家であっても、信州の片田舎の旅館の朝の間にも、対手に島崎藤村という者をしたたか認めさせたかったのだ。文学者詩人という特殊な人間はつねに女中さんでも子守にでも、一応みとめられるということが愉しいものだった。取り分け眼の前にそれを見ている人には、えらい人間はやはりえらいところを失ってはならない気を持つものである。それは最初、お墨をおすりいたしましょうかとお千代が言いそえた時から、色紙を手におしいただいた彼女が、何ともお礼の申し上げようもございませんと、その墨痕を打ち眺め、一拝して色紙を傍に置いて、さらに畳に手をついてお礼をいう時にまで、わが島崎藤村は生きた一人の女性から充分にみとめられ、あがめられて余韻なきものであった。えらい人間はどんな時にも、えらい自分をわすれている者ではない、えらい人は自身のえらさを高めるためにもお芝居をなすものだが、それほど、えらい人間はそれをひとたび手に入れたら、失うてはならない大切なものであった。