후리가나로 읽는 일본 고전
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ぶんげいひょうろんのほうほうについて
文芸評論の方法について
戸坂 潤
戸坂 潤의 文芸評論の方法について(ぶんげいひょうろんのほうほうについて)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 7,949자 · 16화면
夫は一方に於て、今も云ったように、多分に文壇地方弁に依頼している。と共に、他方この放言的な雑言(?)(雑文に出る言葉という意味だ)が所謂印象批評の言葉でもあるということを、忘れてはならぬ。印象批評の言葉と文壇的方言との間に直接の関係があることは、批評の問題にとってはまことに興味が深い。印象とは勿論直接な感受のことだ。この直接のインプレッションが、そのまま表現されたエキスプレッションが、即ち自分の持前の親愛な言葉だ。地方弁だ。
印象批評が評論家でない作家の評論の帰着点だとすると、結局、評論家の評論と単なる作家の評論とを折角区別したことも取り消さなくてはならなくなる。この二群のものはその風情から云って確かにどこかに違った処があるらしいに拘らず、印象批評というものが横行している限り、そしてこの影響が所謂評論の意外な深部にまで浸潤している限り、二つはそんなに簡単には分けられない。曲者は所謂印象批評である。
今日の所謂文芸評論が、作品に対する印象批評からは相当離れて来たのは、事実だ。もはや印象批評という言葉も無用になった程に、所謂評論は発達したと認めることは出来る。