일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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にほんのあきいろ

日本の秋色

宮本 百合子

宮本 百合子의 日本の秋色(にほんのあきいろ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 4,934자 · 10화면

아오조라 문고

コクトオは或る意味で才能をもった詩人と云われているのであるが、彼の日本印象記は、おさだまりの日本印象記であった。彼は、自身のカリケチュアを私共に示した。私共は私共の現実の中に生き、その悲喜を生きている。コクトオやスタンバアグが大川端の待合で、或る気分を日本的と陶酔する姿を、苦しい笑いでこちらから見物せざるを得ないではないか。

日本の芸術家が、いつしか外国人が目して日本的と称する範囲の中に一九三〇年代の複雑な日本を単純化して、外来客に見せる追随主義は、例えば、アメリカの戯曲家エルマー・ライスを山本有三氏邸に招待した饗応ぶりにも現れていたと思う。そこではすべてが善意と礼儀ぶかさからとり行われ、京都からの生香魚料理万端よろしいのであるが、有三氏は、どちらかというと片苦しげに想像される客間での会話で、この麗わしき天然の日本では、彼自身の長篇小説が数年前朝日新聞へ続載不可能となったことがあった、それについて芸術家同士らしく語ったであろうか?

宮城道雄氏は、彼の琴に対して、謂わば必死の芸術的態度を持しているひとであろうと感じられる。いつの間にやら、その自分の芸術が形なき日本のトゥリスト・ビューロウの定例的余興番組に入れられていたとしたら、彼の熱心は果して如何に感じるであろうか。