후리가나로 읽는 일본 고전
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えいがとみんぞくせい
映画と民族性
伊丹 万作
伊丹 万作의 映画と民族性(えいがとみんぞくせい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 5,175자 · 11화면
ここに大きな問題がある。もちろん芸術には国際性もある。すぐれた芸術にしてしかも国際性を持つものは、その属する民族の生活をうるおしたうえ、さらに流出し国境の外へひろがつて行く。しかしいかに優れた芸術でもあまりにも民族性が濃厚で国際性に乏しい場合は他邦で理解せられず、したがつて国境を越えない場合がある。
たとえば芭蕉の俳句である。万葉の歌である。これらは民族の芸術としては世界に誇つていいものであるが国際性はない。しかるに浮世絵の場合になると、あれほど民族性が濃厚でありながら、造型芸術なるゆえに案外理解せられて国境を越えて行つた。(あるいは浮世絵の持つエロチシズムが多分に働いているかもしれないが。)
ここにはむろん芸術の範疇の問題もある。すなわち絵画は文学よりも国際性があり、散文は詩よりも国際性に富むという類である。
たとえばユゴーといえば我々はすぐに「レ・ミゼラブル」を想起するが、彼の本国において散文作家としてのユゴーよりも詩人としてのユゴーのほうがはるかに高く評価されているようである。しかし我々はユゴーに詩があることさえろくに知らない。この一例は芸術の範疇によつて国際性に径庭のある事実を端的に物語つているが、同時にまた、価値の高いものでさえあれば国際性を持つという意見が必ずしも正しくないことを証拠立てても