후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
えいがのもつぶんぽう
映画のもつ文法
中井 正一
中井 正一의 映画のもつ文法(えいがのもつぶんぽう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 2,433자 · 5화면
それらのものがうって一丸となる時、初めて、ちょうど一天才の個人的気分が緊張すると同じような、創作的雰囲気となってくるのである。創作人の単位がここではすでに集団なのである。
かかるものは、これまでの美学では解ききれない材料である。一九一〇年代は、だからこれを非芸術だといった。一九二〇年代は、これを半芸術だといった。一九三〇年ごろからこれは芸術といわれはじめたのである。一九五〇年で芸術であることに疑いをもつ人があるならば、必ずや過去の人とよばれるにちがいない。
しかも、大切なことは、この映画の時間は、画面と画面の移りゆく推移、カットとカットの連続で描かれているのである。言語の世界では、表象と表象をつなぐには、「である」「でない」という繋辞(コプラ)をもってつなぐのである。文学者は、この繋辞でもって、自分の意志を発表し、それを観照者に主張し、承認を求めるのである。
ところが、映画は、このカットとカットを、繋辞をさしはさむことなくつないで、観照者の前に置きっぱなしにするのである。観照者は、自分自分勝手の、胸三寸に潜めている願いをもって、それらのカットを自分でつないで見ていくのである。