일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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さいしゅうせんそうろん

最終戦争論・戦争史大観

石原 莞爾

石原 莞爾의 最終戦争論・戦争史大観(さいしゅうせんそうろん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 154,783자 · 305화면

아오조라 문고

第一次欧州大戦開始せられると、殖民地戦争の経験に富むキチナー元帥は、戦争は三年以上もかかるように言うたのであるが、一般の人々は誰もが戦争は最短期間に終るものと考え、殊にドイツではクリスマスはベルリンでと信じ、軍隊輸送列車には「パリ行」と兵士どもが落書したのである。

しかるに破竹の勢いでパリの前面まで侵入したドイツ軍はマルヌ会戦に破れて後退、戦線はスイスから北海に及んで交綏状態となり、東方戦場また決戦に至らないで、遂に万人の予想に反し四年半の持久戦争となった。

一九一四年のモルトケ大将の作戦は一九〇五年のシュリーフェン案に比べて余りに消極的のものであった。即ちシュリーフェンが一軍団半、後備四旅団半、騎兵六師団しか用いなかったメッツ以東の地区に八軍団、後備五旅団半、騎兵六師団を使用し、ベルダン以西に用いた攻勢翼である第一ないし第四軍の兵力は合計約二十一軍団に過ぎない。ドイツ軍の右翼がパリにすら達しなかったのは当然である。

シュリーフェン引退後、連合国側の軍備はどしどし増加するに反してドイツ側はなかなか思うように行かなかった。第一次欧州大戦前ドイツの政情は満州事変前の日本のそれに非常に似ていたのである。