후리가나로 읽는 일본 고전
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ぼしじょじょう
母子叙情
岡本 かの子
岡本 かの子의 母子叙情(ぼしじょじょう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 77,355자 · 153화면
巴里でこの木の花の咲く時節に会ったとき、かの女は眼を一度瞑って、それから、ぱっと開いて、まじまじと葉の中の花を見詰めた。それから無言で、むす子に指して見せた。すると、むす子も、かの女のした通り、一度眼を瞑って、ぱっと開いて、その花を見入った。二人に身慄いの出るほど共通な感情が流れた。むす子は、太く徹った声でいった。
「おかあさん、とうとう巴里へ来ましたね」
割栗石の路面の上を、アイスクリーム売りの車ががらがらと通って行った。
この言葉には、前物語があった。その頃、美男で酒徒の夫は留守勝ちであった。彼は青年期の有り余る覇気をもちあぐみ、元来の弱気を無理な非人情で押して、自暴自棄のニヒリストになり果てていた。かの女もむす子も貧しくて、食べるものにも事欠いたその時分、かの女は声を泣き嗄らしたむす子を慰め兼ねて、まるで譫言のようにいって聞かした。
「あーあ、今に二人で巴里に行きましょうね、シャンゼリゼーで馬車に乗りましょうねえ」
その時口癖のようにいった巴里という言葉は、必ずしも巴里を意味してはいなかった。極楽というほどの意味だった。けれども、宗教的にいう極楽の意味とも、また違っていた。