일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しほんたいへいき

私本太平記(七)

吉川 英治

吉川 英治의 私本太平記(七)(しほんたいへいき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 330,262자 · 662화면

아오조라 문고

足利軍が近江まで迫ったことはたれもみな知っている。けれど洛民の恐怖はそれだけのものでなかった。べつに兵庫、摂津方面からも西国の反官軍が尊氏に呼応し、淀、山崎の口へ攻めのぼって来るとさかんな風説だったのでもある。

「西も、東もか」

「都はどうなる?」

「どうなるものか、都はふくろの中の何とやらじゃ」

「いや、わしらはよ」

「こうなったら、どうしようもあろうか。命一つをかかえて、戦のやむまで、どこぞへじっとかがんでいるほか思案もないわ」

さるほどに――

と、古典はいとかんたんに書いている。

新玉の年立ち帰れども

内裏には朝拝もなし

節会もおこなはれず

京、白河には

家をこぼちて堀に入れ

財を積んでは持ち運ぶ……

庶民は「すわ」とまたもや山野へ逃げ込む騒ぎだったのだ。しかも暮正月を跨いでである。なんの因果でと、嘆きの声は枯れ野や冬山に充ち充ちても、血まなこな武者ばらには、何と無用な生き物の多さよと、かえりみられもしないのか。荷を負ったり手に手をつないで行く老幼が馬蹄にかけられて転けまろんでいるなどは、めずらしくない巷であった。

明けた年は、建武三年。――だがそれは後世には、北朝側の年号とされ、後には同じ年を、延元元年とも併称された。