일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しほんたいへいき

私本太平記(七)

吉川 英治

吉川 英治의 私本太平記(七)(しほんたいへいき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 330,262자 · 662화면

아오조라 문고

ほんととは思われない。

また兵力なども、

その数六万七千余騎

前陣すでに

尾張の熱田に着きけるに

後陣はまだ大津相坂の関

四ノ宮河原にささへたり

などとあるのも大ゲサに過ぎたものだ。もちろん、物見、伝駅などの小隊は、先へ先へと、先行してはいたろうが、それにしてもの感がある。

じっさいの兵数は、中書軍をあわせても、二万がらみではなかったか。

親王の軍を、中書軍とよんだのは、親王が“中務卿”であったからで、ナカツカサの御子を唐名では「中書王」という。それからの敬称である。

しかし軍の中堅は、ほとんどが宗徒の新田一族で――脇屋義助、義治をはじめ、堀口、綿打、里見、烏山、細屋、大井田、大島、籠守沢、額田、世良田、羽川、一の井などの諸将いずれも越後から坂東上野の出生者だった。

これになお、他家の大小名がある。勅にこたえて、一議なく官軍側に拠った在京中の諸国の武門で、それには、

千葉ノ介貞胤

宇都宮公綱

菊池肥後守武重

大友左近将監

塩冶の判官高貞

熱田ノ大宮司、薩摩守義遠などの百数十家、所領の分布からみても全国にわたっていた。まさに王師とよぶにふさわしい。

なおこのほかに。