후리가나로 읽는 일본 고전
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しほんたいへいき
私本太平記(七)
吉川 英治
吉川 英治의 私本太平記(七)(しほんたいへいき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 330,262자 · 662화면
そして、いくさでは、しばしば、官軍方が、優勢だった。
けれど、そのときはいつも、多大な犠牲をともなっていた。六月七日の合戦には、早くも、千種忠顕と坊門ノ少将雅忠らが、きらら坂や、糺ノ辻で、討死した。
日本開闢いらい
と、古戦記はこの大合戦をいっている。たしかに開闢いらい、こんな凶事はなかったろう。十数万人にのぼる人間が、敵味方にわかれ、京都という一小盆地の底で、夏じゅう、明けても暮れても、喚き合い、殺しあっていたのであった。
六月のすえ、尊氏は八幡から西九条の東寺へ移り、そこを総本陣、兼、本院新院の御所とした。
御所は、灌頂堂に。
彼は、千手堂に。
軍令、政令、すべてはここからという形をととのえ、後醍醐の大本営叡山と、その対峙を真ッ向にしたものだった。
だが、七万の将兵とその陣場は百何十ヵ所にもわたっている。とうていここで統一のある指揮はとりえないし、戦は弟の直義のほうが上手なことを尊氏は知っている。わけて義貞の反撃はすさまじい。で、尊氏は直義へ。「おまえにまかせる。いちいち、わしの令に待たんでもよい」と、あらましは彼の采配にゆだねていた。
直義はつねに積極的だ。