일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

びじゅつがっこうじだい

美術学校時代

高村 光太郎

高村 光太郎의 美術学校時代(びじゅつがっこうじだい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 7,454자 · 15화면

아오조라 문고

其頃学校の方では校長岡倉覚三先生がやめさせられ、教員も総辞職をするという仕末になり、親父も辞職をしたので僕も退学した。それが明治三十四年である。その後しばらくして又親父が復帰したので僕も学校にかえった。岡倉先生はまもなく日本美術院を拵らえ、下村観山、横山大観や菱田春草等と共に大きな日本画の改革をやり出した。岡倉先生の着想によるロマンチックの仕事は極めて周知のことで、当時としては非常に新しいものであった。線のない絵を描いたり色々と新機軸を出した。その為に今度は高山樗牛が美術評論を発表するなど、なかなか華々しい有様であった。

岡倉先生がいなくなってから二三の校長を経て正木直彦先生が文部省から乗込んで来た。正木先生は理性の勝った人で寧ろ冷たい感じのする人であった。そして学校の内部組織も次第に改革されていった。先生のなかで美術学校の先生くらい扱いにくいものはなかったそうだが、それを正木先生は非常に合理的に一歩一歩黙って変えていったのである。生徒の服装を変えたのも先生だったと記憶する。それまでの闕腋と折烏帽子を止めにして普通の金釦にしてしまった。初めに闕腋を恥かしがったのが、今度はこんな金釦になってつまらないという気がしてならなかった。