후리가나로 읽는 일본 고전
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げいじゅつとうせいぜひ
芸術統制是非
辰野 隆
辰野 隆의 芸術統制是非(げいじゅつとうせいぜひ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 3,981자 · 8화면
かつて巴里に在りし日、ある無遠慮な一日本人がアンリ・マチスの面前で、
『私の観るところでは、先生は、描く術においては古来の大画家達に比して、決して劣っておられるとは思えませんが、古来のいかなる画聖も先生の傍に据えると、一人のこらず、馬鹿野郎に見えます』と放言した。マチスはこの率直すぎる言に接して、何とも言いようのない苦い顔をしたそうである。
セザンヌも、モロオもあれほどのりっぱな作を残しながら、生涯サロンの入選を夢みてついに実現しなかった画家だと伝えられている。小説家フロオベエルは、往々レジヨン・ドヌウル勲章の略綬をフロックの襟につけて悦んでいたそうである。人によっては、これをすぐれた芸術家のむしろ愛嬌ある一面として、微笑するかも知れぬが、僕はかえって、日本人よりも幾層倍か虚栄心の熾烈な仏蘭西人の恥ずべき弱点として、微笑するよりも苦笑したくなる。現代仏蘭西のもっとも深遠な詩人ヴァレリィが仏国翰林院学士に当選した記事を読んだ時、僕はひそかにヴァレリィのために悼んだ。あのヴァレリィにしてなおかつ、選挙に先だって、多くのアカデミシャンを歴訪して清き一票を乞うたのかと思うと、彼の不朽の「ナルシス」