일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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がもううじさと

蒲生氏郷

幸田 露伴

幸田 露伴의 蒲生氏郷(がもううじさと)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 65,772자 · 128화면

아오조라 문고

と歎じた。歌のおもては勿論那須野が原の世に何の益をもなさで今後も甲斐なく年を経るであろうかと歎じたのである。然し歌は顕昭阿闍黎の論じた如く、詩は祇園南海の説いた如く、其裏に汲めば汲むべき意の自然に存して居るものである。此歌を味わえば氏郷が身漸く老いんとして志未だ遂げざるをば自ら悲み歎じたさまが思い浮められる。それから佐野の舟橋を過ぎ信濃へ入ったところ、火を有つ浅間の山の煙は濛々漠々として天を焦して居る。そこで「信濃なる浅間の岳は何を思ふ」と詠み掛けたりなぞしている。自分が日頃胸を焦がして思うところが有るからであったろう。

肥前名護屋に在って太閤に侍して居た頃、太閤が朝鮮陣の思うようにならぬを悦ばずして、我みずから中軍を率い、前田利家を右軍、蒲生氏郷を左軍にして渡海しようと云った時、氏郷が大に悦んで、人生は草葉の露、願わくは思うさま働きて、と云ったことは名高い談である。其事は実現し無かったけれども、氏郷の英雄の意気と、太閤に頼もしく思われた程度とは想察に余りある。氏郷が病死したのは文禄四年二月七日で、齢は四十歳で有ったが、其死後右筆頭の満田長右衛門が或時氏郷の懸硯を開いて、「朝鮮へ国替仰せ付けられたく、一類眷属悉く引率して彼地へ渡り、直ちに大明に取って掛り、事果てぬ限りは帰国仕るまじき旨の目安」