후리가나로 읽는 일본 고전
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しごとしてのにほんご
詩語としての日本語
折口 信夫
折口 信夫의 詩語としての日本語(しごとしてのにほんご)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 13,401자 · 27화면
それは空想に耽っただけの西洋詩の様式や、我が国でこと古りた今様や、長歌の様式ではなかった。まず思想があって表現を駆使すると言う考え方と結果においては、同じであった。まず語あって、其所に内容が生ずると言った行き方を、自らとって居たのである。その語は外国語を以てするのでない限り、――又それは出来る事ではないのだから――民族的な思想内容の深い様に感ぜられる、整頓し理想化した古語及び古語の排列からなる文体が、このときになって現れて来たのである。だがそれは、初めから一時的なものとしての条件がついていたと考えねばならない。つまり藤村の若菜集以下に出て来る文体は、日本人の思想的でない生活のほか感じられない――平安古語を基礎とした文体だったのである。だからどうしても、もう一つ安定した時代が先に考えられていたものと見てよい訣である。それは漠然としてわれわれに考えられる――最「古い言葉」の時代の語であった。記・紀などにある語を土台として、その中にそれ以前の言葉も、勿論それ以後の平安朝、近代の語までも、――学問的にでなく、古語としてある共通な感覚を持たせるものをひっくるめて、一様の古語とし、その古語の中で、民族文芸の憧憬を含んだものを、特に愛執することを知ったのである。