후리가나로 읽는 일본 고전
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にんしきろんとはなにか
認識論とは何か
戸坂 潤
戸坂 潤의 認識論とは何か(にんしきろんとはなにか)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 58,432자 · 116화면
カントは論理学の裏面をディアレクティクと呼び、そこで虚偽の問題に触れようとした。併し論理学の一部分がディアレクティクであるのではないので、論理そのものが弁証法であった筈だ。虚偽は真理の裏面ではなくて、真理の前面をも占領し得る。だからこそ初めて問題なのだ。
誤謬ならば或いは、真理の軌道からの脱線として、単に消極的なものであるかも知れない。併しそういうなら、虚偽と誤謬とは区別されねばならぬ。作為の犯罪と過失との区別があるようにだ。尤も犯意ある場合と過失との間には、不誠実から来る半作為兼半過失がある。殺傷の意志がなくても相手の生命を充分に尊重する心掛けのない処から、検察官の涜職事件など起きる場合が多い。之は単なる不作為とは云えない。で虚偽と誤謬とを区別しても、その間には色々の中間項が這入るわけだ。誤謬も多くは不注意から起きる。不注意は実は多くの場合注意能力又は頭脳的力量の問題なのだが、普通之を不注意の結果に対する悔悟の足りなさに帰して、良心の問題としている。誤訳は学的良心の欠乏として批難されたりするが、そうなると之は単に誤謬と云っては済まされないので、虚偽に帰着するわけだ。