일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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へんさいじょき

貢太郎見聞録

田中 貢太郎

田中 貢太郎의 貢太郎見聞録(へんさいじょき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 29,162자 · 59화면

아오조라 문고

、第3水準1-93-66)などの類まで跡なくなりし所所ありとなん、家などひしげし内にありながら、さすが死にもやらざりしに、火もえつきて焼死、さけぶこゑ哀など思ひやるさへたへがたくなん、此のわざはひにあひて、国国里里、命を失ふ者際限なかるべし、常のなゐなどのふる事、明る春二月まで、そのなごりたえざりけり」としてある。

その天正十三年は秀吉が内大臣となった年で、国内の紛乱がやや収まって桃山時代の文化が生れたところであった。その十七年二月にも、駿河、遠江、三河にまた大地震があった。慶長に入るとその元年閏七月になって、二回の大地震が起った。はじめの地震は、豊後、薩摩の二箇国がひどく、豊後の府内の土地が陥没して海嘯が起った。その日は京都にも地震があった。「梅園拾遺」には、「ちかく慶長元年七月、大地震速見高崎山なども石崩れ落ち、火出たるよし、府内の記事に見えたり。この時かのあたり人七百余も損じたりとあり」と書いてある。つぎの地震は、山城、摂津、和泉の諸国の大地震で、伏見城の天守が崩壊して圧死者が多かった。この伏見の地震は、河竹黙阿弥の地震加藤の史劇で有名な地震で、石田三成等の纔者のために斥けられて蟄居していた加藤清正は、地震と見るや足軽を伴れて伏見城にかけつけ、城の内外の警衛に当ったので、秀吉の勘気も解けたのであっ