후리가나로 읽는 일본 고전
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どうとくのかんねん
道徳の観念
戸坂 潤
戸坂 潤의 道徳の観念(どうとくのかんねん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 71,388자 · 140화면
道徳の否定そのものが、又優れた道徳だ(多少文学的とも云うべき哲学者、ニーチェやシュティルナーなどを見よ)。そしてこういう文学は、よい常識・良識ならば、実は苦もなく夫を理解出来る処のものだ。そういう大衆性を有たない純粋文学は、そのモラルが偉大でないからこそ、ケチ臭ければこそ、非大衆的なのだ。
だから常識のある常識は、世間の道徳や人格商売屋や倫理学者達などが道徳を感じない処にこそ、却って自由な生きた濶達な道徳を発見するのだというのが事実である。殆んどあるゆる文化領域・社会領域に即して、道徳が見出される。だからこの道徳は、もはや単なる一領域の主人を意味するのではないことが判るのだ。
こうした広範な含蓄ある道徳の観念は、これまで色々の名称で呼ばれて来ている。文化的な自由が(自由は経済的・政治的・文化的・等々に区別されるだろう――文化的自由は人道的自由とも呼ばれている)その近代的な名称の一つだし、ヒューマニティー(人道ではなくて寧ろ人間性)はその近世的な名称である、等々。――夫は併しもっと適切にはモラル又は倫理と呼ばれている処のものだ。モラルというフランス語は(之は後に見るようにフランス文化を離れては歴史的に理解出来ないものなのだから)、大体物理という言葉に対立する。