후리가나로 읽는 일본 고전
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どうとくのかんねん
道徳の観念
戸坂 潤
戸坂 潤의 道徳の観念(どうとくのかんねん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 71,388자 · 140화면
道徳の個人的特色(階級道徳も亦この道徳の個人的特色の必然的な規定だ――なぜなら個人そのものが社会における個人でしかなかったから)を最もよく説明したものは、他ならぬ史的唯物論だったのだ。
道徳は社会科学的観念によって、いつも個人化され得る。その意味でなら、客観的な道徳も常に主観化され得るし、客体的な道徳も必ず主体化され得る。――だが社会に対するこの個人、又或る意味で(後を見よ)客観乃至客体に対するこの主観乃至主体、とは何か。社会や客観乃至客体は、論理的には一つの普遍者である。と云うのは、個人(或る意味では主観や主体も)の多数の複数を通じて共通に横たわる或るものだ。之に較べれば個人(或る意味では主観乃至主体)は、確かに論理的に特殊者だ。個物は特殊者だ。処がこの個人なるものも実は、社会の普遍性とは異った併し一種の普遍性・一般性を持っていることを見落してはならぬ。「これ」とか「この」とか云っても、「あれ」も吾々がそこを注意すれば「これ」であり、「あの」も吾々がそこへ行けば「この」に他ならぬ。つまり「これ」ということと「これ」と云われるものとの間には、一向必然的な結合はないのだ。