후리가나로 읽는 일본 고전
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どうとくのかんねん
道徳の観念
戸坂 潤
戸坂 潤의 道徳の観念(どうとくのかんねん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 71,388자 · 140화면
ギリシア文化の所謂繁栄期(実は一種の頽廃期なのだが)を代表するこの哲学的トリオが、道徳に就いて提出した課題は、何が善であるか、否善と云われるものは何か、であった。ソクラテスは英知こそ快楽であり幸福であり、そして之こそ善でなければならぬと考えたが、プラトンが善のイデアを一切のイデアの最高峯に、或いは一切のイデアを統一するイデアとしたこと(「ピレボス」篇)は、既に触れた。アリストテレスはその『ニコマコス倫理学』に於て、善をば、中庸・程の好さ・に求めている。――だがこうした善のイデアは、正にイデアであるが故に、決して今日の倫理学や道徳常識で云うような、ああしたただの倫理価値標尺の如きものと一つものではなかったのである。イデアは云わば英知的な眼とも云うべきものを以て見られる処のものだ。価値のような云わば論理的な想定のことではない。善がギリシアに於て美や幸福や快楽の意味を持ち、又その意味に於て真であり有利なものであったのは、そのためである。
善というものはイデア(之は決して近代的な意味での観念のことではない)という存在として見る、この存在論的倫理説は、云うまでもなく古代的形態に於ける観念論の頂点をなしている。