후리가나로 읽는 일본 고전
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どうとくのかんねん
道徳の観念
戸坂 潤
戸坂 潤의 道徳の観念(どうとくのかんねん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 71,388자 · 140화면
殉死は往々最高の道義的殉情の発露だと説明されるが、之は家臣という奴隷が一つの私有財産であったという所有関係(生産関係の直接の表現)を示すに他ならぬ。姨捨山は不生産的な労働力を維持するだけの労働営養(食物)の過剰のない生産組織の或る時期に起きる。それから、帝国主義戦争に於ける敵の殺戮は倫理的命法にぞくするだろう、等々。
道徳は併し権威を有っていると云うだろう。処がその権威は実は単に権力が神秘化されたものに過ぎぬ。道徳の権威とは、権力としての社会規範に過ぎぬ。而もその権力自身が生産関係から生じることは又、見易い道理だ。家父長の権力は彼が家族を扶養し得るという経済的実力から来る。この一人前の男は社会の生産機構に与っているが故に(実際には社会の生産的な要素でなくて社会の穀つぶしであっても)、一人前の男として妻子を所有し養っている。之に反して妻や子供達は単に社会的生産に於て穀つぶしであるだけではなく、元来社会の生産機構そのものに殆んど全く与っていない。彼等は経済的に夫に依存する処の、社会的に見た限り単なる消費者なのだ。たとい家内労働に於て何か生産的であっても、そういう内助は社会的には不生産的なものとしか見做されない。