일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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さこく

鎖国

和辻 哲郎

和辻 哲郎의 鎖国(さこく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 443,306자 · 875화면

아오조라 문고

この原則の上に攻守同盟が出来上ったのである。

がデリー軍の圧迫が薄らぐと共にバハドゥルはポルトガルの要塞を邪魔にし出した。そうしてデカンの他の諸王と結び始めた。クーニャはそれを察して一五三七年正月ヂウに赴き、自分の船でスルタンと会見したが、その会見からの帰途スルタンの船はポルトガル船と衝突し、遂にスルタンは殺された。その混乱に乗じてポルトガル人は容易に町を占領することが出来たのである。しかしやがてグヂェラートの大軍が押し寄せてくると、ポルトガル人はまた要塞の中へ引き上げざるを得なかった。その上翌一五三八年には、七千の兵をひきいた強力なトルコ艦隊がヂウの前に現われ、二十五日間重砲を以て要塞を砲撃した。しかし城兵は要塞を死守して、破壊口から突撃を辛くも撃退した。その内トルコ艦隊は、クーニャの送った数隻の救援艦を大艦隊の一部と誤判して、囲を解いて引き上げて行った。その時要塞では砲弾も既に尽き、戦い得る兵僅かに四十人に過ぎなかったという。あとは戦死し、傷き、また壊血病で寝込んでいたのである。

かくしてヂウは辛くも保持された。それは一五三八年の十一月であった。