일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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さこく

鎖国

和辻 哲郎

和辻 哲郎의 鎖国(さこく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 443,306자 · 875화면

아오조라 문고

マラッカでまた船をかえて、一行は翌年の一月末にインドに着いた。

日本人のポルトガル留学もその後実現されたが、帰国後伝道事業に大いに役立つであろうというシャビエルの期待に反して、惜しいことに彼地で死んでしまった。

豊後の大友氏は古い家柄で、義鎮は頼朝時代以来十八代目と称せられる。従ってここでは古い伝統が相当に有力であった。その豊後へ新らしい空気をもたらしたのは、当時九州の諸大名を動かしていた海外貿易であった。朝鮮の貿易にも古くから参加していたし、シナとの勘合貿易に大友船を出したこともある。倭寇に出るものも少くなかった。従って豊後の港へシナ船の出入することなども珍らしくはなかった。後年に大友義鎮がフロイスに語ったところによると(一五七八年十月十六日附、臼杵発書簡)、彼が十六歳の時、即ち一五四五年には、すでにポルトガルの商人もやって来ていた。これはポルトガル人の種子島漂着よりも二三年の後、シャビエルの豊後滞留よりは六年ほど前のことである。その時には、日出の港へシナ人の小さいジャンクが入港し、その中に六七人のポルトガル商人が乗っていた。その重立ったのはジョルジ・デ・ファリヤという富人であった。