일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

さこく

鎖国

和辻 哲郎

和辻 哲郎의 鎖国(さこく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 443,306자 · 875화면

아오조라 문고

二 信長の危機、京都の攻囲戦

た、とカブラルは特筆している。反キリスト教的な気運はとにかく鎮まったのである。

二 信長の危機、京都の攻囲戦

しかし時勢は平和な伝道などには不向きであった。元亀天正の兵乱は漸く白熱点に達して来たのである。信長を東と北と西とから圧迫してくる諸勢力は、丁度この頃に、相結んで信長を打倒しようと試みた。一五七二・三年の頃は、信長にとって最も大きい危機ではなかったかと思われる。その中心的な勢力は東から迫ってくる武田信玄であった。彼は将軍義昭が信長の権力に対して不平を抱くのを利用し、これを味方につけた。そうして西の方は石山の本願寺をはじめ、松永久秀、叡山の残党等とも連絡をとり、北の方は浅井朝倉と協力を約した。この形勢に気づいた信長は、一五七二年晩秋、義昭に対して十七カ条の問責書を発したが、同じ頃にもう信玄は数万の兵を率いて甲府を出発したのである。信長と義昭との間の交渉は、もうこれまでのように簡単に解決しなかった。幾度も使者が往復し、義昭が信長の急襲に備えて二条城の防備を堅くするというような態度を取っても、信長は宥和政策を続けて動こうとしなかった。一五七三年の初めには信玄の軍が三方ヶ原で家康の軍を破ったが、信長はなお信玄に対して和親の努力を続け、義昭に対しても温和な使者を送っておのれの娘を人質に出そうとさえもした。